
建築家の声
JIA登録建築家・スタジオmanu 主宰 只野康夫氏
持続型建築としてのリフォーム
地球温暖化防止対策としての建築分野でのキーワードは「サステイナブルデザイン」、つまり「持続型建築」を
つくることである。それには、自然エネルギーの利・活用による省エネルギーの促進が最大のテーマだが、その次
にくる課題はスクラップアンドビルドをやめて「建築の長寿命化」を図ることではないか。
「建築の長寿命化」を考えるとき、それはつくりっ放しのメンテナンスなしでは成り立たない。いいかえれば、
建築全体を一括りに長寿命にすることはできないのであって、建築を構成する部品・部位(構成要素)をそれぞれ
の劣化状況に応じて修繕ないし更新することで、全体としての建築の質を長く保つことができる。それが長寿命化
の要諦といえるだろう。
そのような観点に立つとき、建築の構成要素は、その修繕・更新サイクルとの関連で大きく3つに分類できると
筆者は考えており、それらを1次構造、2次構造、3次構造と名づけて整理したのが別表である。例えば長寿命建築
の典型として「100年建築」を考えた場合、1次構造の躯体や外壁は100年の間に新築時を含めて1〜2回程度の建
設投資で済む。そのかわり、遠い将来を見通した入念な計画の下に、ライフサイクルコストを優先して必要な費用
をかけるべきだろう。2次構造の屋根防水や設備機器は100年間に5〜6回ほど投資することになるので、その折々
の技術レベルを活かす前提で材料や機器を選べばよいが、一方で更新工事がしやすいようスペース上の配慮等が要
る。3次構造は間仕切りや内装といった、当面の家族構成や生活パターンからくるニーズへ対応するものなので、
100年スパンを考えれば11〜21回修繕・更新を行うことになる。であれば、過大な負担にならぬよう、その構成
要素に求める機能なり寿命に見合う程度に抑えるのが賢明といえそうだ。
住んで4半世紀になる自宅のリフォームに際し、改めて意識したのが上述の「3分類法」の考え方だった。分譲
集合住宅なので、手をつけられる範囲は専有部分のみに制限され、構造体や外壁・サッシといった区分所有上の共
有部分(実はこれらはみな1次構造)は除かれる。そして入居以来ほとんど手をかけてこなかった、専有部分に属
するキッチン、洗面、WC、浴室周りの設備更新が今回リフォームの主たる対象で、中でも目玉は、生活の中心部
を、かねて心に決めていたアクアセルによる床暖房とすることだった。これらは全て2次構造の範疇に入るが、そ
れに3次構造に属する関連内装の改修・更新が少し加わるので、総体としては2次、3次構造のリフォームという
ことになる。つまり、100年スパンの1次構造はそのままで、5〜25年サイクルの2・3次構造について手を加え
るわけである。
こうして始まったリフォーム工事だが、床暖房に焦点を絞るとその概要はおおよそ以下のようである。
1)建物概要
建物は旧住都公団によるRC造・2階建ての低層集合住宅。プランは京都の町屋風の間口が小さく奥行きが
深い造りで、採光・日照を得るための中庭が奥行き方向の中間に設けられている。中庭の南側が平屋、北側
が2階建ての構成で、北側部分の1階にリビング(L)とダイニングキッチン(DK)があり、ここが生活
の中心になっている。
2)暖房システム
新築・分譲時のシステムは都市ガスによるセントラル方式で、給湯・暖房兼用ガス湯沸し器により、キッチ
ン、洗面、浴室への給湯と、LとDKおよび個室3室に置かれたファンコンベクターへの温水供給を兼ねる
ものだったが、たまたま熱源機器は2年ほど前に寿命がきて更新したばかりだったので、これは継続して使
うことを前提にした。そこで、個室3室は従来どおりのファンコンベクターによる暖房のままとし、生活の
拠点であるLとDKを一体化して約30㎡のLDKにした上で、ここのみアクアセルによる床暖房に変えて、
これまでLとDKをカバーしていたファンコンベクター2台分の熱量(温水)をこれに回すことにした。
3)断熱対策
この住戸は8戸並び住棟の東端で西側は隣戸との戸境壁なので、そちら側の熱負荷は無視できる。また、L
DKの上には2階があるので天井側の負荷も無視できる。従って、考慮しなければならないのは東と南北側
の外壁と床ということになる。RC外壁部分については、南面以外は当初から内断熱が一応施されていたこと
から、また断熱処理がなされていない南面外壁のRC部分は面積が少ないことから、これらの断熱対策は従
来のままとして内装仕上げのみ更新した。ただし開口部のアルミサッシは、1次構造(共有)のサッシ枠は
そのままにして障子部のみ単板ガラス(2次構造:専有)を真空複層ガラス(日本板硝子/スペーシア)に
交換することとした。
4)1階床仕様
1階床は全面的にやり替えた。構造躯体(1次構造:共有)は現場打ちRCだが、1階床だけは木造根太組み
(2次構造:専有)にベニヤ下地・カーペット仕上げ(3次構造:専有)で、床断熱はなされていなかった。
そこで、この2・3次構造部分を次のように替えた。すなわち、鋼板断熱パネル(日鉄鋼板/ニクスボード
R・厚35)下地に発泡フェノールマット(旭化成建材/ネオフォーマ・厚25)を敷き、その上にアクアセ
ルを装着。さらにその上にベニヤ下地を流し、最後は桐フローリング(イシモク/桐暖・厚12)で仕上げた。
この桐フローリングは、それ自体断熱性があり、足触りが桐下駄の感触なので素足で過ごすのに気持ちよさ
そうだと選んだものだった。
2次構造の更新が伴うため住みながらの工事は無理で、工事期間中は仮住まい。いよいよ工事が終わって自宅に
戻ったのが昨年の12月初めで、陽が落ちると気温が下がり暖房が必要な時期だった。はやる思いで暖房スイッチを
入れてみたが、どうしたことか、暖かくならない。“この床暖房は急に暖かくなりはしない。じっくり効いてくる
のだから”と家族に説明してはみたが心もとない。床を触ってみると、桐なので冷たくはないが熱を発しているよ
うでもない。工事期間中は火の気がなかったのでRC躯体が冷え切っているからだろうと、数日様子を見たがやはり
おかしい。アクアセルについては開発当初から知っていたし惚れ込んでもいたが、実際に使うのは初めて。初歩的
なことで騒いでは笑われそうだと我慢していたが、それもこれまでと諦めて、おそるおそるイゼナの前田さんに連
絡したら早速駆けつけてくれた。結果は、温水循環バルブの設定に錯誤があったようで、その調整をしたらほどな
く床が暖かくなりだした。それ以降はきわめて順調で、今年も既に暖房運転を始めているが昨年のようなこともな
く、アクアセル床暖房がいよいよ身内になった感じがする。
ここで、改めて今回のリフォーム全体を振り返ってみると、生活パターンはほぼ従来のままだが快適性は格段に
向上した。床暖房は間違いなくその代表格で、水の蓄熱性を利用した放射暖房なので床面温度のむらがなく、ファ
ンコンベクターのような気流も起こらず、室温は20℃辺りでほぼ安定している。暖房領域にキッチンが含まれてい
るせいか、加湿が必要になるほどの湿度低下もない。床の桐材が多少なりとも調湿効果を発揮しているのかもしれ
ない。
一方、やり残したことがひとつある。せっかく水枕(アクアセル)を利用するのだから、夏の冷房にも活かせな
かったか。具体的には、温水の代わりに冷水を回して床の放射冷房ができなかったかということ。これについては、
今回は時間と費用に余裕がなく見送ったものなので、次の熱源機器(2次構造)の交換時点に改めて検討してみよ
うと思う。
また、少なからず心残りに思っている点もある。それは、エネルギー消費が抜本的には改善されていないこと。
つまり、熱源も熱源機器も以前と同じでファンコンベクターが一部アクアセルに変わっただけなので、エネルギー
消費は基本的に大きな変化がない。床下とガラスの断熱性能が向上した分は省エネになっているとはいえ五十歩百
歩ではないか。アクアセル床暖房を地球温暖化対策のひとつに位置づけようとしている前田さんにしてみれば、い
まひとつ割り切れない思いがしているのではないだろうか。
しかし、これはリフォームの場合、妥協せざるを得ない点ではないかと思う。新築の独立住宅ならば、太陽光
(熱)利用や外断熱といった省エネ手法が色々と考えられるだろうが、リフォームで、3分類法でいう1次構造を
活かしながら長寿命建築を目指す上では、今回の選択もやむを得ない感じがする。しかも集合住宅の場合は、共有
部分は原則として手を付けられないという制約もある。都市住宅の中で集合住宅の比率が高くなっている今日にあ
って、こうした視点からの取り組みもあっていいのではないだろうか。
住みだして25年。今回こうして手を加えたことで、この住宅は“住まい”としての存在感を増した。こうした
繰り返しで、建築というハードの存在が人の営みに溶け込んでいく。それが「持続型建築」なのではないかと思う
のである。


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